えっくんママの思い

いろいろな経験をしていま思ふ。

障がいを抱えた人もそうでない人もみんなが、あたりまえのように暮らしやすい社会ができればいいなと。

そうなったらノーマライゼーションなどという言葉はこの世から消えるのであろう。

インクルージョンという言葉も当たり前なことになる。

訓練によって今の社会に生きれるようにと仕向けることは、どれくらいの負担がかかるのだろう。

もちろん、スキルアップしたり、問題である行動から適切な行動へと導くことは必要として・・・・。

人生トレーニングされるために生まれてきたのではなく、もちろん学ぶことは必要としても、人生を楽しんだり、笑ったり、人を愛したり、愛されたり、するためではないのか?

いつもそう思うんだ。



コメント

You can say that again!!!

いち自閉症児の母として過去丸9年息子と向き合い、愛を注ぎながら育ててきたけれど、まったくえっくんママのおっしゃるとうりだと思います。自閉症と診断されてから何年間はひっしで問題行動を消し、社会に出ても大丈夫なようにとあらゆる手を尽くしてきたが、いま思うことは彼の問題行動(他や本人に危害が加わらないこと以外の)を消しそれに代わる、社会に受け入れられるような行動にかえさせるより、まず彼の世界を理解し、また彼自身を理解しもっと一緒に息子の世界にジョインしてあげればよかったと後悔することもあります。まだまだこれからでも遅くはないのですが。本当になにが標準で、なにが普通でないかなんてなくなる世界になればよいのに。。。

No title

ブログを読んでいただき、またコメントくださってありがとうございます。同じ思いの方がいるととってもうれしいです。えっくんが小さかった時無我夢中の自分がいました。自閉症を治そうとか少しでもこの社会で住みやすいようにできることをいっぱい増やしてあげようとか・・・。でも今はそう思わない自分がいます。今のままでも十分素敵なえっくんなのです。
問題行動があるのですが、そこが落ち着けばいいなとそれだけ思うのです。
そしてどの人も住みやすい社会ができることが望ましいですねぇ~。
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