あれから一週間がたち

父が亡くなってから一週間がたち、私の気持ちも落ち着いてきましたが、これからの手続きでたくさんの書類の中に埋もれています。

えっくんのことも重なってるけれど、えっくんのことは何より優先したい。

昨日は長女の誕生日。28歳になりました。

6月には遊びに来てくれるのですごく楽しみです。

父の49日に間に合います。

今は忙しさでさみしさが消されてるけれど、いつか気を抜ける時、さみしさが押し寄せてくるんだろうな。

私と母のこと見守ってくれてるのはわかってるけれど・・・。

本当にうそみたいな一週間が過ぎた気がする。

でもきっと大丈夫。

私を支えてくれる人が周りにいてくれるから・・・。



また会おうね。

アメリカでは復活祭
キリストの復活を願い祝う日。

その日の朝、みんなに囲まれて
穏やかに
思う通りに

父、天国へ

また会おうね。
でもいつも一緒ね。

たくさんの人が愛してくれた。
その人たちのおかげで良い旅立ちとなりました。

ありがとうと感謝しかないです。

おとうちゃん
最高のおとうちゃんでした。

20170416 1

山崎ウィスキー

~父~

以前通っていたデイサービスの看護師さんから
100歳になったら乾杯よ!と言ってプレゼントされていた山崎ウィスキー

もう飲めないだろうと思っていた。

まだ包装紙に包まれたままだった。

昨日、医師に呼ばれ、人生の最終段階に入りました。
覚悟は・・・・・

あります
随分前から

と話をし、何か好きな物を少しお口に入れてあげましょうと言われ・・・

そうだ!あの山崎ウィスキー

今日父は酸素の管が付いていた。

声にならないが私がくるとわかっている。

大きな声でけいこだよ!というと私の顔を触った。

あげる手の力はとても弱かったが・・・

そして持って行ったウィスキーをほんのちょっぴり、口にした。

もう何も口にできないような状態なんだけれど
口にすることができた。

父の大好きなフランク永井のCDをかけて「おとうちゃん一緒に歌おうよ!」と言って歌ってあげた。
あまりよくわからないが・・・

明日くるから待っててねという私の言葉になかなか返事をしてくれなかったが
何度も何度も繰り返し伝えると
「はー」と口を開いた。

手を握り、ほっぺたをさすり
「ありがとう」と何度も告げた。



大好きだよ、お父ちゃん

会いに来てくださいと夕方連絡が入る。

この日がついに来たかなと思った。

母はいけない状態なので、私はひとり車を走らせた。事故らないように・・・。

父は眠ってるのか?うっすらと目を開けている。

息はしているが力つきたという感じだった。

手を握り、おとうちゃんと話しかける。

今日は口元を少し動かすくらいの力しかなかった。

「おとうちゃん、本当にありがとう。いっぱいありがとう。 あっち行っても待っててね。また会おうね。お父ちゃんの娘で本当によかった。おとうちゃん大好きだよ。みんなおとうちゃんのこと大好きだよ」
「明日はお母さんを連れてくるから、待っててね。絶対に待っててね」と伝えた。

おとうちゃんは私の手を少しの力で握り返した。

おとうちゃん、明日また会おう。

家族で過ごそう。

仕事が終わったら速攻で行くよ。

待ってて。

絶対待ってて。

うまくいきますように

母を川崎の我が家に引き取ってから、自分の時間など一つもない。
倒れないように、笑顔でいられるようにと心がけながらコントロールしながら・・・。

それでもヘルパーもデイサービスもいやな母は私だけしかいない。

朝、昼、夜の食事の支度、お風呂、ベッドに横になるまで仕事の合間をぬって付き合っている。

病院、買い物、父の所へ行くのも車いす。

家の中も転びそうになりながら歩ている。

すこしボケてもいる。

何をするにもいやいやで具合が悪くなるとすぐに言うから大変だ。

いやいや言われても私の身体は一つだから

明日は救いの手を求めて地域包括センターのケアマネさんが我が家に来る。

老いると人の手を借りていかねばならない。

一人の手より二人の手の方がいい。

父と母から学ぶことの多いこと。

今日の父は薬ものどに通らない。
言葉もない。
口を少し動かすだけ
食べることもほとんどできない。

あと何週間?何日?と思わざるおえない状況。

それでも手を握り、抱きしめて、耳元で「おとうちゃん、ありがとう」と言ってきた。

明日も明後日も会いに行こう。

明日は我が身という姿の見本を見せてくれている。
人生の先輩とはこういうことなのだろう。